死にたいと打ち明けられた時にとってはならない態度

東京都中央部・・・・・なんとか福祉センターの記事。(長かったので省略^^;)

死にたいと打ち明けられた時にとってはならない態度5選
1.話をそらす。
2.批判的な態度をとる。
3.世間の常識を押し付ける。
4.すぐに何らかの助言を与えようとする。
5.安易な励ましをする。

全部その通りなのですが、ダメ人間の場合は違います・・・。

正しい対処方法を取られると、それもそれで死にたくなるんですよね。

私くらいダメ人間だと、幸福とは他人の不幸の上に成り立ってるって知ってるんですよね。
美人はブスがいるから成り立っているし、お金持ちは貧乏が居るから成り立っている。
闇が見えるからこそ、光のありがたさを感じられる。
私たちは貧乏でも、よく考えたら江戸時代の殿様より便利で豊かな暮らしをしてますよね。
なのに貧乏で不幸を感じているんです。他人と比較するから。

今生きていて幸せだって人は、もちろんたくさんいらっしゃいますが、令和100年生まれで私ぐらいの底辺が居たとして、今の平成の幸せな人と人生を交換したいかって言われたら嫌だと言うと思うんですよね。なのに令和100年の幸せな人と自分を比べてしまう。

なので私は、自分の代わりに不幸になってくれる人を探す。
婚活している人の記事とかを独身だとよく見かけますが、私の場合、結婚条件は私の不幸を背負ってくれる人です。
イケメンだとか年収が高いとか、そんな生易しいものじゃありません^^;
なので、一生結婚できないだろうと思います・・・。
例えば、年収の高い人を求める女性が「私の人生にあとお金があれば幸せになれる」って思って婚活しているんだとしたら、もうかなり持ってるよね。
って違うか。老後の生活リスクを少しでも下げるために婚活してる人もいるかもしれないし・・・、うーん、どれも理由の一部なのかな。やっぱりわかんないわ。

最初は結婚条件は「私を幸せにしてくれる人」って考えたのですが、どんなハイスペックが表れても私が幸せにならない可能性があって。
でも不幸を背負ってくれることは、誰にでも可能。だけど誰もしてくれない。ギブアンドテイクが成り立ってないし・・・。

ヒーローだと称賛され表彰される人は、誰かを救ったり何かを成し遂げたり、また大金を稼いだ人も凄い人だと称賛されるけど、全然表彰されないヒーローもいると思います。
一生懸命全力を出して、それでも上手くいかなくて、世を呪い人を恨んで、犯罪に手を染めそうになるけど、それでも歯を食いしばって耐えしのいでいる人。
考えると辛くてやっていけないから、思考停止して死んだ魚のような眼をして、幸せを諦めて、誰の目にも止まらないし、ましてや表彰もされず死ぬまで誰にも気づかれない。

私も底辺として人生を歩んで、底辺に浴びせられる言葉や浮かんでしまう言葉、頭の中で汚い言葉が渋滞していても、できるだけ一つでも多くの言葉を呑み込んで死んでいきたいです。
意見するときは、できるだけ意味のあるものにしたい。
でも、出来そうにもない。
そう簡単に出来ないから、底辺なのかもしれません・・・。
だから絶望して死にたくなってしまう。

死にたいと打ち明けられた時に逆にしてほしいことは、死にたいことは本当だと信じて欲しい。
その人が死んでからやっと、「あ、本気で死にたかったんだな」となる。
まぁ、それはそうなんですけどね。死にたいという人はたくさんいるので信じていたらキリがない・・・。
だからこそ信じてくれたら嬉しいんですけどね。
自殺してしまうのは、死にたいことが本気だと誰も信じてくれないことに絶望して証明するためにする人もいるでしょう。

ある高スペック男性が、人生について体験談を踏まえた記事を熱弁して書いたら、ニートから「あなたの記事に感動しました」というコメントが来て、会ってニートと楽しく会話したというエピソードがありました。

それとはまた別の話ですが、昔、私が職場で元ニートの人と仲が悪くなり、底辺同士で争ってしまうことに悩んでいるとネットなどで相談すると、高スペックの人に「そう?知り合いにニートいるけど、仲良くやってるよ~。」と言われました。

もう心外です。
ニートでも良い部分と悪い部分があって、高スペックの人には良い部分見せるでしょう。
逆に高スペックの人だって、私みたいなのに頑張って良い部分を見せようとする人はいません。
私のような人間は、ニートと付き合っても絶望が待ってるし、高スペックと付き合っても絶望が待ってる。ゴール絶望。
だから死を望んでしまうのかも・・・。安楽死のゴールは無。絶望よりも無のほうが良いだけ。

でも全く真逆のことを考えている自分もいます。
安楽死が実現すれば、本当に自分がしたい選択がわかるのではないかと思いました。

安楽死が出来るようになった上で安楽死を選ばなければ、自分は生きていたいんだと実感できるのではないかと。

私は死にたいと考えています。
でもそれは、生きていたくないと言いたいだけかもしれない。
自分や自分の周りを全否定したいだけなのではないかと・・・わからなくなります。

安楽死したいという人はたくさん見ました。
日本人の7割以上が安楽死に賛成だそうです。

でも、いつ死にたいかは、人によってバラバラでした。
準備が整ったらとか、10年後とか、認知症になって判断できなくなる前にとか。
むしろ安楽死という選択肢があるからこそ、安心して生きていられると考えている人もいるようです。

私が安楽死を望むタイミングは「今すぐ」。
よく考えれば我がままですね。残された人達に何も準備しないでいくわけですから。
実際に法案が出来るとしたら、1か月後とかがいいなと思います。
衝動的に思う人もいるし、1か月あれば冷却期間も取れて、考えを改める時間もあるのではないかと・・・。
残された人たちへの準備もできるし。

うーんどうしよう。自分と向き合おうとしているのに、考えれば考えるほど頭の中が散らかっていってしまう^^;