このツイートについて、かなり賛否両論あるらしいです。

https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190528-00127666/

今の世の中って、普通の人も生活に苦しんでいる状況なので、自分より能力のない人はもっと苦しめ、という状態になっている気がする。

・死にたいなら一人で死んでくれ。
・助けてなんて甘えるな。自分で働いて何とかしろ。
・仕事ができない人は邪魔をするな。

と、社会的弱者には、どうにも居場所がなくなって、四面楚歌のような状態になっている。
51歳なら、ちゃんと働ける体なんですけどね。

安楽死制度があったら、解決するのに・・・と思ってしまう。
自殺は痛いし怖いよ・・・。なぜ自殺するほど追い込まれた自分だけが、怖い思いをしなければならないのかと考えてしまうかもしれない。
だからと言って見ず知らずの人達を道連れにする考え方は、全く理解できないですが。

・・・と考えていたのですが、このツイートを見ると、その考え方はあり得るかもと思いました。

そういえば私も最初は同じように考えていました。ただアドセンスブログだし、内容を詳しく考えてみると、ちょっと書けないかな・・・と思って考えるのをやめていました。


福祉については、医療に関しては父がガンになったことで気が付いたのですが、年収が低い場合の負担の割合はかなり少ないようです。
ただし、元々がびっくりするほどの高額なので、負担がないわけではないのですが・・・。

安楽死制度があれば死ぬのは怖くなくなり、少なくとも四面楚歌の状態ではなくなるはず。
犯罪を起こした場合、刑期を終えるまで安楽死が利用できないようにすれば、こういう犯罪の抑止力にもなると思うんですが・・・。

安楽死制度があった方が、弱者が大切にされる気がするんです。
強者が強いことを証明するのは、弱者の存在があるからだと私は思っているので。

例えば、強者だけを集めて、どこか一つの国に住ませたら、強者の中に弱者が出てくると思うし、ポジティブな人だけをどこかの国に住ませたら、その中からネガティブな人が出てくると思う。逆にネガティブな人ばかりを集めてどこかの国に住ませたら、その中からポジティブな人が出てくると思う。ただし環境によるものだけでなく、生まれつきポジティブな人が居るらしいので、ポジティブな人ばかりを集めた場合、ネガティブな人が一定数出てきたとしてもポジティブな人の方が多いのかもしれない。

そういえば個人的に違和感があるのが、「社会が大切にしてくれない」ではなく、「人が大切にしてくれない」のではないかと思いました。
社会に大切にされていないことで引きこもりになった人もいると思うけど、私みたいに人に大切にされなくて引きこもりになった人もいると思う。
大切っていうより、そこに居ていいと思える空気がなかった。
仕事なら、ないわけじゃないし、人手不足の仕事ならいっぱいあるし、私も実際に工場で最低賃金で社保なしで不満はなかった。
(20代の頃は、その不満も考えたことはほとんどなかったし。)
10代後半の頃は、パン屋で時給690円~710円くらいだったと思う。
その後20代前半に、時給730円~750円の工場で働いていました。(2年弱)
段々最低賃金は上がってきているけど、2010年前半頃に最低賃金に近い時給800円くらいの工場でも働いていました。
夜勤工場で働いていた時は、時給1050円だったかな?でしたが、直雇用は確か1200円か1250円、他の派遣で働いていた人は時給1150円だったらしいです。
ずいぶんピンハネされていたなぁ・・・。5年ほどで撤退して直雇用になって時給いくらになったっけ・・・。
お金の管理能力が低いと言われると確かにそうなんだけど、あんまり時給に興味なかったなぁ。(全くなかったわけではないですが。)
むしろ時給低い方が私が居てもいいと思えて安心できる部分もありましたし。

考えがフラフラして結局どっちなんだって感じですが、結論は、私は「死にたいなら一人で死ぬべき。他人を巻き込むな」と同意見です。なので藤田さんの意見には反対・・・ですが、ただし安楽死がセットにならないと駄目だと思いました。あとやっぱり藤田さんの考え方で救われる人もいるだろうから一概に100%反対でもないかも・・・。

藤田さんのツイートが拡散された後、中村さんが自分も加害者になりかけてやめた話を書いていました。
https://togetter.com/li/1360563

これを読むと、確かに藤田さんの呼びかけや活動によって救われる人や、中村さんのようにカウンセラーなど人とのつながりで救われる人もいると思います。

ですが、中村さんはブラック企業(?)で精神を病んでしまったけど、人とのつながりでまた人生をやり直せた話であり、今回は社会に居場所がなくて引きこもった51歳の男の話だと思うので、多分、中村さんや藤田さんの考察より自分の方が犯人の状況に近いため、ちょっと違うかなと思いました。

「社会が手を差し伸べる」「カウンセラーに頼る」は違うと思っているんです。
社会に出て、人と交流する時に、そこに居てもいいという居場所がないだけです。
カウンセラーに相談しても無理なのです。
手を差し伸べる必要は、今回はなかったと思います。
今回の犯人だって51歳で働ける体で、職を探すことだってできるし・・・。

生まれつきサイコパスという意見もあるけど、私は違うと思っていて、51歳になるまで積もり積もった、社会か人への不満が爆発してしまったように思いました。
この男にとっては、引きこもりをやめて外に出るくらいなら、事件を起こすことを考えたのかもしれないと・・・。
事件を起こすこと以上に、外に出たくないという、この男の意地かもしれません。
やり方は本当に支持できないし、したくもないけど。