『「LGBT」支援の度が過ぎる』という杉田議員の記事が炎上しているそうです。
全文の内容がわからなかったのですが、全文を書き起こしてくれている人がいました。
杉田水脈著『「LGBT」支援の度が過ぎる』を全文書き起こす(転載歓迎)

こういう炎上騒ぎで杉田議員を叩いている人って、意外と「LGBT」の人じゃないでしょ?歪んだ正義感で叩きたいだけの人でしょ? と、解釈されることがあります。
歪んだ正義感というのは当たっているかもしれません。
叩きたいだけの人もいるかもしれません。暇つぶしに人を叩くのはダメですね・・・。

「LGBT」の人じゃないのに、なんで顔真っ赤にして怒ってるの?みたいな。
この理由の1つなんですけど、
もし私のブログを定期的に読んでくれている人がいるとしたら、すでに知ってると思いますが、私すんごいブスなんですよね^^;

でも私、ブスを叩いている記事ってあんまり読めないんですよ。
昔若い頃に読んで、必死に反論した時もあったんですけど、叩いている向こうは冷静で、叩かれた私はすでに心乱れて冷静さを欠いているんです。必死に反論するけど、周りの同情を引くような反論とかにでもしない限り、まぁ大体言われっぱなしなりますね・・・。
でも、同情を引いて相手を納得させても、ちっとも勝った気がしない。
なので、もう、いい、いい、話したくないとなってしまいます。
けど、そう言いつつも、目に涙をいっぱいためて、なんだこりゃ私は結局同情されたいのかしらみたいな、自分でも訳のわからない感情になりますね、多分色んな感情がごちゃまぜになるんだろうな。

ブス叩きの記事で、ブスがほとんど反論していなくて、全然関係ない人たちが反論している現象とかもあると思います。
そんな時「ブスは全然言い返して来ていないじゃん。という事は、ブスは別にこの記事内容をさほど気にしていないということでしょ?関係ない人を叩きたいだけの人たちが反論しているだけでしょう?」というのは違うと思うんですね。

だからなのか、今回のように杉田議員が『「LGBT」支援の度が過ぎる』という記事を見れば、
何だって!待っててね、代わりに反論してくるから!みたいな気持ちになることがあります。
これが歪んだ正義感の正体だと思います。

でもそれで、例えば代わりにブス叩きの記事に反論してくれている人たちに対して、私が「いや~・・・、私が訴えたいのはそういうことじゃないんだけどなぁ・・・。」と発言すると、「えぇ~~!せっかく味方してあげたのに」みたいな、場外乱闘(?)という不思議な現象が起きることもありますね^^;まぁ仕方ないです。自分と悩みの内容が違うので。

でも、杉田議員の全文を見ると知識があるなぁと思いました。私が知識なさすぎなだけかもしれませんが・・・。

LGBは性的志向の話で、私も女子高に行っていたのでわかりますが、同性に対する擬似恋愛感情って確かに私もあったんですよね。
でも同性愛についてすでに知ってたし(話は違うかもしれないけどBL同人誌も山のように持っていたし)BLをたくさん持っていたおかげで、同性愛をしてみたいという気持ちがちょっとあったかもしれないけど、それでも異性愛者がいきなり同性愛者に変わるとかそう簡単にはありませんよ・・・。もし変わるほど好きな人に会えたら逆に素敵なのになぁ。
それに私は異性愛者でも結婚しないし子供もいないし・・・。
対して、同性愛者でも養子を育てる人たちがいるじゃないですか。
私の勝手な想像ですが、同性愛者って愛情が深いんじゃないかと思います。
例えば、もし同性愛者でも、その感情がすごく小さければ困らないですよね。
私が女性を好きだとしても、感情が小さければ秘めたまま生きていけるけど、大きくて深ければ苦しくなります。
だから人に「LGB」だと打ち明ける。(逆にそっとしておいて欲しい人ももちろんいると思います。)
愛情が大きくて深ければ、子供も好きな人が多いんじゃないかと思っています。
(これも人によるかもしれませんが・・・。子供は苦手なんだよねーって人ももちろんいるだろうし。)

ちなみに、杉田議員は性的嗜好と書いていましたが、性的志向の方が正しい?ようです。
同性が好き、同性を選んでいるわけではなく、生まれつきということですね。
実際のLGBTの方からコメントが届いた
長谷川豊さんのブログから。ほとんど毎日読んでます。
でも長谷川さんは、杉田さん寄り?ですかね、ちょっと残念・・・。

あと杉田議員の全文を読めば、私の知らないところで「LGBT」の人達に対して金銭的な支援を沢山しているんですよ!こんなにですよ!みたいな情報が書かれているのかと思いきや、彼らが生きやすいように公共施設などを税金を使って変更するってことですよね?別に彼らにお金をあげてるわけでもないですよね。なのに、他に汚い金はいくらでもあるのに、それをほったらかしにして、わざわざこのことに対して影響力のある政治家が掘り下げるのも良くない。足を引っ張っているだけにしか見えない。

ただ、こういうのって本当は白黒じゃないんですよね。
私がもしブス叩きの記事について、「こういうの白黒じゃないよね」なんて言われたらムキー!ってなるかもしれませんが、実際に全文を読んでみると、80%ぐらいの文章について否定する気持ちが湧きましたが、20%くらいの文章については確かにそうかもしれないと思いました。

もしLGBTの人たちが、さらにはエックスジェンダー(男女いずれでもないと感じている)、P(パンセクシャル=全性愛者、性別の認識なしに人を愛する人)とかどんどん色々増えていって、その人たちが自分たちをしっかり理解して欲しいと訴えてきたら、私も覚えきれないです。

でもこれも今の時代だと考えが古いのかもしれませんねぇ。
杉田議員の文にある、
”SNSのフェイスブック・アメリカ版では58種類の性別が用意されています。もう冗談のようなことが本当に起きているのです。”
この冗談のようなことが、10年後は当たり前になるかもしれないんですよ。

 ”「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません。”
私はアフィリエイトブログとかでも、昔だったら仕事の時とかでは、「常識」や「普通であること」という言葉に頼ることがあります。
日本人て多数決主義だと思っていますし。でも私もこの「普通」に振り回される人生でした。
自分が普通であることが当たり前の人生だった人にとって、自分の考えが普通じゃない人生って想像が付かないでしょうね。

杉田議員の全文を私も頭悪いなりに熟読した上で、杉田議員にも歪んだ正義感があるように見えました。
私は普通の人たちが思っている言いにくいことを代弁してあげているんだと。思ってるんじゃないかな。
そして、確かに杉田議員と同じ考えか一部理解できる人も実際にいるのかもしれない。
今の時代で、リスクになり得ることをわざわざ発言するって、歪んだ正義感じゃないかって私は勝手に思っちゃったんですよねぇ。

・・・う~ん、だから逆に嫌いになりきれないのかな。
悪意、かもしれないけど思い込みや勘違いの方が強いように見えるんですよね。
悪意だけなら、完全にこの人嫌いだわーって、すぐ結論出るんですけどね。
歪んでいようが、正義感がある人は嫌いになりきれないです。私も歪んでるからかな・・・。
歪んだ正義感じゃなくて、悪意や私利私欲のためかもしれませんけどね・・・・・・。
その時は、心置きなく嫌いになると思います^^;

それにしても、このことに対する意見って、人によって違いが大きくて興味深いですね。
受け取り方次第で解釈も意見も変わっているみたいです。

好きな文章だったからリンクしておきました。
後で読み返したい時に忘れてたりしたので、これで思い出せる^^
「生産性のない人たちの支援は後回しだ」とかいうスーパーむかつく思想との戦い方